ウィーンの想い出 ワインケラーの楽しみ

ウィーンに留学して、最初に心をつかまれたのは、街の地下に広がる静かな世界だった。
ウィーンの建物の多くには「ケラー」と呼ばれる地下室があり、八割以上の建物がそれを持っていると聞いた。

もともとケラーは、石炭などの燃料や、ワイン、チーズ、ハム、ピクルスといった保存食を蓄えるための場所だったという。
けれど今でも、修道院や貴族の館だった建物など、広い地下空間を持つところでは、郊外の自分たちのブドウ園で造ったワインを運び込み、一般の人にも振る舞っている。
それが、ウィーン独特のワイン酒場――ワインケラーだ。

ケラーの中は、夏はひんやりと涼しく、冬は驚くほど暖かい。
ワインは1/4リットルで200円から350円ほど。サービス料を取る店はほとんどなく、学生同士が気軽に誘い合って集まる場所だった。
勉強や練習に追われた一日の終わりに、「少しだけ」という気持ちで立ち寄れる、そんな日常の延長にワインケラーはあった。

ろうそくの淡い光に照らされて浮かび上がる、中世のまま残された古い石の壁。
その壁をぼんやり眺めながら、生ハムなどの素朴なおつまみと一緒にワインを口にすると、時間の流れがゆっくりほどけていく。
酔いが進むにつれて、ここが現代なのか、それとも何百年も前なのか、わからなくなるような不思議な感覚に包まれた。

中には、バイオリンなどの生演奏が入るケラーもあった。
私も一度、ボランティアとして演奏させてもらったことがある。
低い天井に音が吸い込まれ、また返ってくるようなあの響きは、ホールとはまったく違い、音楽が人の生活の中に溶け込んでいることを、身体で教えてくれた。

華やかな演奏会場でも、観光名所でもない。
けれど、ワインと音楽と、何百年もの時間を重ねてきた地下空間の中で過ごしたひとときは、私のウィーン留学の日々を、静かに、そして深く支えてくれていたように思う。

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