ウィーンで「夕べに香るバラ」と言う曲を教授に弾いて見ろと言われたことがある。

技術的には何の問題もない初心者が弾くような曲だ。でもそれだけに、誤魔化しが効かず演奏者の表現力が求められる。表現力と言うより歌心と言った方が明確かも知れない。

弾き終わった私を見て教授は、「日本人の君は何を思い浮かべて弾いたのか?」
と質問されてた。
「暖かい日に友達と別れた後、
道を歩いていたら近所の家にバラが咲いていた感じです。」
と、咄嗟に答えてしまった。

 その時初めて先生は私に強く言われた。
「それでは張りぼての音楽にしかならない。君は白バラを見た事はあっても
その時に感動したのか?」と先生はいらだって聞かれた。
「君が見て感動した事のある花は何だい?花でなくてもいいよ」

私は咄嗟に「桜です」と答えなおした。
再び弾いたバイオリンの音は明らかに先程とは違っていた。

私は、桜には何とも言えない思い出がある。それは誰もが持っている戻りたくても戻れない世界


先生は今のバイオリニストはすごく旨い。メトロノームの発達でリズム感も素晴らしくチューナーの発達で音程感も格段に良い。でも心を打つ人が少ないと言われた。

何年もたった。ここで藤沢市に帰ってきて引地川の桜を見るたびに
私はこの事を思い出す。

音楽を聴き、感じ作曲家と対話する事で、芸術は生まれる。